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天久宮|沖縄県

天久宮
あめくぐう
 

天久宮(拝殿)

 

基本情報

 

御朱印

御朱印

参拝日:2023年10月7日
初穂料:300円(書置)
授与所:社務所

<御由緒>
お宮の創建は成化年間と伝へられる。(尚圓、尚宣威尚真王時代、西暦1465~1487年)
往古、銘苅村に銘苅の翁子が開居していた。
或るとき、夕陽の没する頃、天久野に威儀を正した法師を従へた気高い女人が山上より下って来るのに出会った。中腹には小洞窟があり、井戸から水が湧き出て流れている。 翁子が法師に女人は何人なるかを尋ねると、法師曰く、自分は山の中腹に住んでいるが、女人は山上の森に住む者で名前は分からないと答へた。翁子は不思議に思ひ気をつけていた あるとき、女人が洞窟に入る時に、中途で消ゆるを見る。翁子は驚き、事の次第を王の臣下に伝へた。伝えへ聞いた時の王は虚実を試さんと役人に命じて、洞窟に向って香を供へたところ、それが自然に燃えたので、外に社殿を造営して祭った。時に神託あり我は熊野権現になり、衆生の利益の為に現はれたり。
 かの女人は國家の守護神なり、弁財天であるとの神託があった。又かの翁子も唯人ならず。
 衆生は神変の加護によりて妄念を解くことができようと、神徳を重んじて國家安全、萬民豊楽の基のため、社殿を建立して祭ったといふ。
 昭和19年の十、十空襲の折に社殿を消失、戦後は御嶽形式により奉祀。昭和47年旧2月22日本殿を建立、奉鎮祭斎行。本土復帰の昭和47年5月15日宗教法人となる。同日神社本庁に包括され、現在に至り昔の素晴らしい社殿の復興と向後の発展を期せむとす。

(神社入口・鳥居横掲示板より)

 

 🐾 あしあと 🐾  

琉球八社のひとつ、天久宮
モノレール駅美栄橋から少し距離があり、徒歩20分は必要。
場所は泊港近くなので、路線バスで泊ふ頭旅客ターミナル前のバス停(泊高橋)からだと徒歩7分程です。
神社入口は分かりづらく、隣接は泊高校があり、そのグランド沿いの細い階段を下ります。

参道

港から辿り着くまで迷い掛けますが、この階段の降り口横には鳥居と駐車場があります。

入口

階段の横には、天久宮の案内・由緒の説明ボードがあります。

天久宮の案内ボード

天久宮の由緒ボード

階段を降りると境内が見えてきます。
敷地は狭く感じます。

境内風景

左手には手水舎が設置。

手水舎

境内の拝殿前に白いテントが設置されていました。

境内

写真の左の建物が拝殿です。
正面から中を見るとこのような感じです。

拝殿内部

上を見ると扁額がありました。

扁額

本殿らしきものは、この奥にあるようです。
横から奥を見ると本殿らしきものが見えていました。

本殿らしき建物

境内は広くありませんが、奥には権現堂の建物があり、拝殿との間の奥ばった場所に辡財天がありました。
翁子が出会った女人は熊野権現の遣いであり、弁財天であると云われています。

権現堂

権現堂内部に入り、参拝。

権現堂内部

権現堂内部

参拝を終え、御朱印を拝受。
社務所には中高齢風の女性が応対して頂き、書置きに日付を記入して頂きました。
後ろには、同じ波上宮御朱印帳を持った中年の夫婦も御朱印を頂いており、狭い境内ですが、帰り際も車で来られた数名の方とすれ違い、参拝客が多い所です。
 
御朱印を頂き、帰り際に「泊ユイヤギ御嶽と三日月ウカー」が地下にあると書いていたので行ってみました。

地下

泊ユイヤギ御嶽

地下に降りた1階の横は泊高校のグランドです。

横は泊高校のグランド

天久宮のご利益は縁結びで女性におすすめのパワースポットのようです。
ご利益は子宝、安産、健康、家内安全、縁切り、縁結びと言われています。

 

天久宮

Control number:
 G47_天久宮_NUG009_20231007
Create:2023.11.21

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