こがいくにじんじゃ
参拝日:2022年6月18日
初穂料:300円(直書)
授与所:寺務所(受付)
蚕養国神社は、日本一社にして延喜式神名帳にある、陸奥一百座の一つである。
謹んで日本国史を読むと、記紀神代の巻に、
「軻遇突知命、埴山姫命を娶り稚産霊命を生奉る。此神の御頭より蚕生れ出でし。」
とあり、これが我国の養蚕の始まりである。
第五十二代嵯峨天皇の御代弘仁2年(811)鎮座にて、第五十四代仁明天皇承和年中に、 官社に列せられ、醍醐天皇の御代延喜式選定の折、式内の社となる。
一条天皇寛弘7年(1011)に、県令、石部少将道秀・堂家左京大夫憲照・石塚丹後頼春等により、 社殿を造営す。その時の神官を、蚕養蔵人という。
その後、兵火のため社殿炎上し神離の境内で あったが、保科正之侯が官工、鷹谷弥十郎宗清に命じ、社殿以下を造営し、社領20石を寄付、 櫻町天皇寛保3年(1743)には正一位の極階に進まれた。
文化4年社殿焼失し、文政2年(1819)松平容敬朝臣、社殿以下を、正之侯創立のものに写し、 今日に至る。
御神徳養蚕守護の神として広く知られ、農、工、商、諸業繁栄、交通安全守神として信仰されている。
(公式サイトより)
会津若松駅前の通りを10分程歩くと御神徳養蚕守護の神として広く知られ、農、工、商、諸業繁栄、交通安全守神として信仰されるコガイクニ神社に辿り着きます。
名前に特徴があります。
蚕の異名「桑子」(くわこ、くわご)は、人間が飼育しやすいように改良した「蚕」と言われています。
さらに「飼う子」が転じて「カイコ」、または「神の子」から「カイコ」と呼ばれるようになった説があります。
神社の社名が「蚕養(さんよう)」になっていますが、「繭をとるために蚕を飼育する」の同じ意味が「養蚕(ようさん)です。
しかし、「蚕養(さんよう)」は「こがい」とも読むそうです。
よって「こがい くに じんじゃ」と読めるのが分かります。
この日は9時に来ましたが、すでに2名の女性が参拝に訪れていました。
境内奥に、皇子造の本殿が見えています。
境内には、幣殿・拝殿・神饌所・神楽殿等があり、複数の摂末社(五社稲荷神社・鬼渡神社・護忠霊社・宗像神社・瀧直神社・和霊々社)もありました。
また、拝殿前には、桜の古木「峰張桜」(高さ14m、樹齢が1,000年以上)の神木があります。(会津若松市天然記念物)
拝殿に参拝。
社殿内では、祈祷を受けている参拝者の方が見えました。
社殿に掲げられている「神威赫赫(しんいかくかく)」の額。(神の絶対的な力)
隣には、蚕が入った額もありました。
参拝後、社務所で御朱印を拝受。
御朱印には、会津三つ葵の神紋と樹齢千年峰張櫻の印が確認できました。 参拝に来られていた二人の女性も御朱印を頂いていました。
境内には、赤色の鳥居と石の鳥居がありますが、古い鳥居の扁額は「蠶養宮」と書かれています。
駅から少し離れ、静かな所ですが、参拝客が時折見掛けられました。
Control number:
G07_蝅養國神社_OTG028_20220618
Create:2024.02.02